| 7月16日から国際交流基金トロント日本文化センターで開催されている書道展『日加文化交流』。この展覧会の作品は書道家、片岡紫江氏が書き上げたものだ。今回は、この書道展開催にあたって渡加された片岡先生にお話を伺うことができた。
先生とお会いしたのは書道展の会場となっているセンターの一室。センター内に入ると職員の方が、「すごく気さくで優しい方なんですよ」と言いながら、片岡先生がいらっしゃる部屋まで案内してくれた。まずは、今回の展覧会の作品について伺った。
「今回の作品は日加修好80周年を記念して、アルバータ、カルガリー、オタワの日本大使館に寄ってトロントに来ました。使用した紙は料紙っていう紙でね、平安朝から伝わってる技法で作られているんですよ。80周年記念だから紙もいいものを使ってます」
確かに、非常にカラフルで心躍るような作品群。料紙の優しい色合いが印象的だ。白い紙に黒の墨汁で書かれた掛け軸のような作品が並んでいるのを想像していると、よい意味で期待を裏切られるだろう。特に、会場真ん中に展示された『観覧車』と名づけられた帖は非常に興味深い。
「『観覧車』の歌は、現代作家の短歌ばかりだから面白いと思いますよ」
こう語ってくださった片岡先生のカナダとの縁は15年以上も前に遡る。
「カナダへ旅行に来た時に、ブリティッシュコロンビア大学に新渡戸記念庭園(新渡戸稲造を記念した日本庭園)があるって聞いたんですよ。海外に日本庭園は沢山ありますが、どこか中国風だったりしてね。でも、そこは良いと聞いて見に行こうかな? と思ったんです。そこで、今はリタイヤされてますが元アルバータ大学の先生でトロント大学(名誉教授)にもいらしたソニア・アンツェンさんと親しくなりました」
そして1985年、アルバータ大学にとって最初の書展が片岡先生によって開催され、以降カナダにも活躍の場を広げる。現在ではお弟子さんによる教室をカナダにも持っていらっしゃるため、バンクーバーとエドモントンにはよく足を伸ばしているという。
「教室の生徒さんは日系の方が多いですが、中には日本語は全然…って言う人もいますよ。そういう人たちは一生懸命手本を見ますよね。だから上手になりますよ。日本人は読んでしまうでしょ。だから、手本を半分見てるようで見ていないんですよ。手本をよく見るのが基本を作るのに一番大事なのにね。人間の目なんて不確かですよ」
手本通りに書けるようになったら、それを基本に自分の色を加えていく。
「ある程度になったら、今度は自分ひとりで書いてみる。手本通りに書くだけが大事なことと教える人もいますが、その人の個性を伸ばしてあげるのが教育の原点じゃないですか? 最初は真似。でも、それを土台にして自分の個性を出すんですよ。根気も大事ですね。生徒さんの中には、高齢でも必死になって習う人もいますし、若くてもおろそかな人がいます。でも、一生懸命やることが一番。後で気が付いても、過ぎ去った時は戻ってこないから」
展覧会会場では7月29日、特別デモンストレーションが行われた。満員の観客を前に、先生はユーモアを混ぜながら日本の書道について説明をして「では、書いてみましょう」と、筆をとる。会場はしん…と静まり返り、その中で筆を進めるかすかな音だけがする。さらさらと、驚くほどすばやく作品を仕上げる片岡先生。印を押して出来上がると、スタッフによって作品が観衆に披露される。流れるように軽やかで、かつ力強い文字に感嘆のため息が漏れる。そして、観衆の何人かに書をプレゼントしてくれるという片岡先生。
「好きな言葉をおっしゃって下さい。作品を差し上げますよ」
その言葉に、あちこちでいっせいに手があがる。先生は客席から一人ずつ選んでは、その顔を見ながら筆を進める。
「誰かに差し上げる時は、その方の顔を見て書きます。人それぞれの持っているパーソナリティを見てからその方にあったものを作りますから」
その言葉を聞いて、片岡先生の作品から感じられる何か温かいものは作品が書かれた紙の色ではないことに気づく。それは心と心が繋がった、もしくは繋げようと手を伸ばした気持ちの温かさではないだろうか。そんなことを考えていると先生は、こんな話をしてくださった。
「漢字の書も好きだし、かなも好き。その時の素材を見てね、追求していきます。書道は感覚ですね。音楽とか、スポーツとか、いろんな要素が入ってきてね、感性の世界。奥が深いですよ。
前にね、『長恨歌』っていう、白楽天の詩を書いたんですよ。漢詩ですが、それを和訳すると訳者の主観が入るから面白くないと、そのまま書くことになったんです。それでも、その中の一説に、美しい女性(楊貴妃)の髪が風になびいて…っていうところがあるんですが、そのなびくって言うところは、かなで書きたいと思いました。だから、そこだけ1ヶ所、訳してかなを入れました。近代詩文などを書く時にはぶつけるように書くこともありますが、昔からのかなの線は、秋草が風になびいている線って言うんですよ。だから、楊貴妃のやわらかい髪がなびいている様子はかな。それから、楊貴妃が殺された後、彼女は天国から、あの世とこの世をつなぐ人に、7月7日には必ず会いましょう、と玄宗皇帝に伝えてちょうだいとイヤリングを片方渡すんですが、その場面は真っ赤な紙に書いたんですよ。彼女の情熱を表すために。
紙上表現って言うんですが、紙に言葉を表すには、いろいろな工夫があるんですよ」。
(インタビュー/西尾 裕美)
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